渋谷区の代官山にある旧朝倉家住宅を見学してきました。
ヒルサイドテラスの裏側にあるので、代官山でカフェランチしたついでに、歴史見学するのにもおすすめです。見学に来ていたのは、若い人からお年寄りまで様々。彼氏や彼女と一緒に来てる人もいたので、ちょっとした時間の合間に良いスポットですよ。
旧朝倉家住宅へのアクセス

代官山駅からは、徒歩で5分ほどです。恵比寿からも10分ほど真っすぐ歩いて、二股の交差点まで行けば見えてきます。
中目黒駅からだと15分ぐらいで、目黒川を超えて真っ直ぐ歩くと大きい道路(416)にでて交差点まで行けばすぐです。
代官山交番の斜めヒルサイドテラスの裏側にあるので、ヒルサイドテラスを目印にするのが良いですね。
旧朝倉家住宅の見どころは?

旧朝倉家住宅は、重要文化財にも指定されていて、東京大震災以前からあった大正期の和風住宅。
朝倉家は、江戸時代の亨保・元文(1700年代)に武蔵国渋谷の大地主だった人で、大正から昭和には、渋谷区の議会議長なども努めていて権力もあった家です。
東京の都心部に残された数少ない和風住宅なので、当時の長者がどんな暮らしをしていたかがわかります。当時は2階から富士山も見えたそうです。
旧朝倉家住宅は、宅地北側に主屋が建ち、西に土蔵、東に庭門や附属屋(車庫)があります。
主屋は、木造2階建てで、ほぼ全室が畳敷き、屋根は瓦葺、外壁は下見板張、一部が漆喰塗りとなっており、明治時代から 昭和30年頃までに建設された大きな邸宅の特徴を顕著に表しています。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/shisetsu/bunka/asakura.html
崖線という地形を取り入れた回遊式庭園となっており、石灯籠などの添景物が多く配置され、春はツツジ、秋はモミジなどを 楽しむことができます。
旧朝倉家の住宅の間取りなど

大正時代の部屋ということで、足元は寒かったです・・・。暖房もなかったでしょうから、冷え性には厳しいw
応接間は、日本史で習ったような書院造になっていました。尾久杉などをつかった贅沢な使用でした。
ちなみに、朝倉家には、洋館はありませんでした。財閥のように西洋風の宴会をしなかったからです。今の住宅はほぼ洋間だけですが、当時は、和室と洋間が混在し始めた感じなんでしょうかね。一応、来客用の洋式の部屋も1つありました。

ちょうど、大正から明治時代になる頃には、障子からガラス戸になっていったそうです。
下記のような板戸もありました。狩野永信のお弟子の日本画家小猿雪堂作と書いてありました。

そして、トイレも懐かしの和風な小さい男性用トイレ

回遊式庭園
回遊式の庭園があって、ブラタモリでもでてきた三田用水(東京都世田谷区北沢、目黒区三田方面、白金猿町に流れていた用水路)から水を引いてたようです。
庭園自体は、そこまで広くないのですが、敷地外の富士山や目黒川、田園風景が見えるようになっていたそうです。
昔にあるタイプの、石灯籠や景石のお庭ですね。

11月上旬ぐらいに行きましたがまだ紅葉にはなっていませんでしたが、色々な花を楽しめるようになっています。

月 | 花 |
---|---|
1月 | 椿 |
2月 | アセビ |
3月 | 枝垂れ桜 |
4月 | シャガ、木蓮、ツツジ類 |
5月 | エゴノキ、サツキ |
6月 | ムラサキシキブ、あじさい、クチナシ |
7月 | オオムラサキツツジ、イロハモミジ |
8月 | ヤブラン |
9月 | 彼岸花 |
10月 | ツワブキ |
11月 | 紅葉 |
12月 | サザンカ |
ヒルサイドテラスと旧朝倉家住宅の比較
ヒルサイドテラスと比べて見ると、現存してるのは旧朝倉家住宅と猿楽塚でしょうか。
昭和42年に代官山集合住居計画が始まって、ヒルサイドの第一期が完成したのが昭和44年。そこから30年かけて現在のヒルサイドテラスのA棟からH棟が完成しているので、かなり大規模なプロジェクトですね。

ちょうど、ヒルサイドテラスのDE棟あたりは、朝倉さんの米蔵や精米工場があったところです。
BCの間には池もあったようですね。

車庫
大正8年ということで、自動車も一家に一台の時代に近づいてきました。そのころの車庫もありました。

